【証券取引所】1杯のコーヒーと最初のバブルとNYSEとNASDAQと

History
Whatever you are named, you can be what you want.
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株式よりも先に誕生していた証券取引所。その発展を改めて眺めてみると面白いところがあります。とくにオランダの東インド会社を幕開けとして多くの株式会社が設立されるようになった17世紀、まだまだ駆け出し状態だった株式をとりまく様相は現在とはだいぶ異なっておりました。

1杯のコーヒーついでに株式はいかが?

世界最古とされる証券取引所がベルギーのアントワープで設立されて以降、ヨーロッパ各地ではいくつかの証券取引所が相次いで発足しました。こうした証券取引所は確かに存在し、株式の発行や取引を担っていました。

しかし、証券取引に関するルールは現在ほど厳密に明確化されておらず、証券取引所自体もそれほど重要視されていなかったようです。投資家たちは手にした証券を持ち寄って、独自に交換や換金などの取引を行っていたのです。その場所が他でもないコーヒーショップ(コーヒーハウスと言われてもいますね)だったというのですから、ついついコーヒーのこぼれジミがついた証券を想像してしまいます(参照:世界史の窓 コーヒーハウス

a coffee and a bill

いずれにしろ、証券取引におけるルールの必要性を理解していた人はほとんどおらず、当時の取引はいわば無法状態と化していました。そのため、夢物語のような冒険譚を夜通し語らい、新しい株式を発行しては売り、売っては買い、といった無謀な取引がそこら中で横行していたのです。

サウス・シー・バブルまたの名を南海泡末事件

まさに、近所で軽くコーヒーを1杯飲むかのように投資家たちは気軽に「株式会社」へと投資しました。おかげで多くの「株式会社」は実際に事業を遂行する前に多額の資金を集めることに成功したわけですが、その最たる存在がサウス・シー会社(South Sea Company)です。イギリス政府の強力なバックアップとプッシュのおかげで、サウス・シーの株価は半年で800%近い沸騰率を記録したとされています。

当時、こうした「株式会社」の多くは船を出して異国の物品を取り寄せる貿易事業を展開…すくなくとも、しようとしていました。

そして、サウス・シーの成功を目の当たりにした多くの事業家は、サウス・シーが実際にはまだ1度も船を出向させていないという事実を踏まえ、言葉巧みに自らが望もうとしている冒険譚を語り、株式を発行するようになります。

結末は想像に難くありません。

やがて、サウス・シーが分配金を出せない、ということが判明すると、こうした模倣株式も軒並み下落。世に名高い初バブル「サウス・シー・バブル」の崩壊、またの名を「南海泡末事件」が引き起こされたのでした。

余談:「バブル」は文字通り「泡」から派生

余談ですが、経済が実質をともなわない好景気にまみえることを「バブル」と表現するのは、この事件がもとになっています。英語でもそのまま「bubble」。航海の途にある船の積み荷が大海原に飲み込まれ、まさに「泡と消える」ことを「バブル崩壊」と表現するようになったのです。

ちなみに、「バブル崩壊」は英語で「Bubble Burst(s)」。「崩壊」よりもパンっと「弾ける」イメージが強いですね。

初バブルの末路

さて、ほぼ無法状態だったがために派生したともいえるサウス・シー・バブルですが、結果としてイギリス政府は1825年まで株式の発行を(例外を除いて)禁止するという荒療治を実施するほかならなくなったのでした。

うーん…そもそもバックアップしたときに諸々考えられなかったのでしょうか。

いつの世も国は国、ですね。

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世に名高い証券取引所の誕生

さてさて、株式の発行は禁じられましたが、証券取引所が必要なくなったわけではありません。国債や限られた株式の取引は続いていました。

そんななかロンドン証券取引所(LSE)が1801年に設立されます。

それからわずか16年後の1817年、アメリカではニューヨーク証券取引所(NYSE)が正式に発足しました。

このタイミングが、NYSEにとっては絶好だったのです。

実は、NYSEはアメリカにおける最初の証券取引所ではありません。アメリカ初は1790年(LSEよりも早い!)に設置されたフィラデルフィア証券取引所(PHLX)です。

ですが、ニューヨークという交易の要としての立地と、いまだ続いていたイギリスでの規制は、まさにNYSEにとって鬼に金棒、世界をリードする証券取引所へと発展したのです。規制の解かれたLSEも息を吹き返すかのようにヨーロッパを代表する証券取引所となりましたが、NYSEの勢いを凌駕するには至らず。

こうして、NYSEはすぐそばで爆破テロ事件が起きても、世界大恐慌という大波にのまれても、屈することのない確固たる地位を築いたわけですが、そこに肉薄せんが勢いを持った新たな存在が登場します。

NASDAQ・ザ・アドベンチュラー

19世紀も後半に入ると世界のそこかしこで証券取引所が設立され、その国や地域における事業に注視したり、特定の分野に重きを置いたり、とそれぞれ特色ある銘柄を取り扱うようになりました。そんななかNYSEは至高の存在として君臨し続けるわけですが、その地位を脅かしうる存在として登場したのがNASDAQです。

NASDAQ(National Association of Securities Dealers Automated Quotations)、直訳すると、全米証券業者協会(National Association of Securities Dealers)の自動相場表(Automated Quotations)ですね。

このNASDAQ、それまでの証券取引所とは異なる要素を2つ打ち出しました。

まず、ニューヨークやロンドン、東京というように特定の所在地がありません。コンピューターをつなぐネットワークのなかに存在し、すべての取引が電子にて行われています

そして、この電子取引によって売買にかかる時間そのものが短縮されたため、売買の際に生じる差(スプレッド)が小さく抑えられるようになりました

これには当時の金融界もビックリ仰天。その話題性もあって、多くの企業が上場を申請し、結果としてNYSEを抜いて3,000以上もの企業が名を連ねる証券取引所へと成長しました(ちなみに、NYSEは2,800ほど)

それでもやっぱりNYSE

そう、上場数ではNYSEを上回ったNASDAQですが、上場企業の時価総額を比較するとNYSEは他を凌駕しています。2019年10月の時点でNYSEは約3100兆円NASDAQは1200兆円。この2つが世界のワン・ツーを占め、続くのが東京証券取引所の約500兆円と桁が異なってきます。

この辺りが歴史の重み、というものでしょうか。

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そしてまた1杯のコーヒーとともに

さて、NASDAQはネットワーク上に設立され、電子取引を導入したことで世界を驚かせましたが、恐らく同じような衝撃をもたらしうる証券取引所はもう登場しないのではないか、とかーちゃんは考えます。電子取引によって日本にいながらNYSEの株式を購入することも造作なく行えるようになりましたし、まだ地理的な(現実面でもネットワーク面でも)制約は存在しますが、今後はより緩和していくことでしょう。

つまり、どうせつくるのであれば新しい証券取引所よりは、新しい売買システムのほうが実りになると考えられるのではないでしょうか。

いずれにしろ、NASDAQによって導入された電子取引はいまや当たり前の手法となりました。

かつて1杯のコーヒーとともに株式が売り買いされたときと同じように、いまの私たちも1杯のコーヒーとともに株式を売り買いできるようになったのです。

そこに、コーヒーをこぼしたときのシミ汚れがついてしまう証券がなく、使えなくなったときのダメージがいろいろと大きいスマホ(もしくはパソコン?)があることが、最大の変化と言えるのかもしれません。

a coffee and a mobile

参照サイト

この記事を作成するにあたっては以下のサイトを参照しました。

History of The Stock Market - From The Beginning To Present Time
Stock markets are some of the most important parts of today’s global economy. Co...
The Birth of Stock Exchanges
Learn about the evolution of stock exchanges, from the Venetian states to the Br...
List of Exchanges | TradingHours.com

 

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